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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3958号 判決 1976年3月29日

原告 横山藤四郎

同 横山弘恵

右両名訴訟代理人弁護士 土生照子

同 永瀬精一

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 佐々木輝重

同 金岡昭

被告 フジタ工業株式会社

右代表者代表取締役 藤田一暁

右訴訟代理人弁護士 堀内崇

同 長嶋和雄

主文

一  被告らは各自、原告横山藤四郎に対し金六六一万二六二三円、同横山弘恵に対し金六四五万二六二三円、およびこれらに対する各昭和四八年一一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、原告横山藤四郎に対し金九一二万一五九六円、同横山弘恵に対し金八八七万一五九六円、およびこれらに対する各昭和四八年一一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

原告らの長男横山嘉一(当時満八歳、西吾嬬小学校二年生)は、昭和四八年一一月一八日午後二時ころ、東京都墨田区文花町一丁目三二番地の都営住宅建設工事現場内に在る基礎工事用水槽(以下、本件水槽という)に転落して死亡した。

2  被告らの責任

(一) 瑕疵の存在

(1) 右工事は、被告東京都が本件工事現場に鉄筋コンクリート造一二階建の都営住宅を建設する目的で設計、発注し、被告フジタ工業株式会社がこれを請負い、昭和四八年四月ころ着工したものであるが、着工後まもなく工事は中断されていたところ、被告フジタ工業は同年九月ころ、本件工事現場のほぼ中央に高さ四〇ないし四五センチメートル、幅二メートル間隔の鉄パイプの柵に囲まれた深さ三メートルの基礎工事用水槽三か所を設けた。本件事故当時、右水槽には深さ二・一メートルの水が貯水されていた。

(2) 本件工事現場は三方を高さ二メートルのコンクリート塀に、他の一方を隣家に囲まれていたが、右コンクリート塀は各所で破損し、人の出入り可能な間隙ができていた。

(3) 本件工事現場の北西側には幅員六メートルの道路を隔てて都営住宅が三六棟あって約三〇〇〇世帯の人々が居住しており、右都営住宅に居住する子供らが右コンクリート塀の破損部分から本件工事現場に入りこんで遊び場としていた。

(4) 右のとおり、子供らが本件工事現場に入りこみ、鉄パイプの柵をくぐり抜けて本件水槽に近づくことは容易であって、右水槽に接近した子供らが水中に転落して死亡する危険性は極めて高いものであったから、本件工事現場を管理占有する被告らとしてはコンクリート塀の破損部分を補修して人が工事現場に侵入できないようにするとともに、水槽の周囲に子供らが入ることを阻止するに足る柵を設けるか、もしくは常時監視員を配置するなどの人的物的な危険防止の措置を講ずべきであったにもかかわらず、何らそれらの措置をとることなく放置していた。

(二) 被告フジタ工業の責任

被告フジタ工業は本件工事現場に仮設事務所を設けるなどして工事現場全体を管理し、右コンクリート塀および水槽を直接占有していたもので、右塀および水槽は民法七一七条一項の「土地の工作物」に該当し、これら工作物には前記(一)のとおりその設置、保存に瑕疵があり、本件事故は右瑕疵に因って発生したものであるから、同被告は工作物の直接占有者としての責任がある。

(三) 被告都の責任

(1) 被告都は、本件工事現場用地、コンクリート塀および水槽を所有しているものであるが、相被告フジタ工業に工事を発注し、工事全体につき指揮監督を行なうとともに、工事現場全体を相被告と共同して管理していたもので、事故当時には工事が中断されていて相被告の作業員、管理人も現在していなかったから、右塀および水槽にその直接占有が及んでいた。

(2) かりに被告都の占有が相被告を通じての間接占有にすぎないとしても、民法七一七条一項の「占有者」には間接占有者も含まれるから、いずれにせよ被告都は土地の工作物の占有者としての責任がある。

(3) 本件水槽は被告都の所有地内に存し、かつ被告都が同所に都営住宅を建設する目的で相被告との間に建築請負契約を締結し、その工事を施行する過程で雨水処理のために設置されたもので、右水槽は公の営造物であることは明らかであるから、被告都は国家賠償法二条一項により責任を負う。

3  損害

(一) 逸失利益

(1) 嘉一は本件事故当時満八歳五か月の健康な男子で、昭和四八年簡易生命表によればその平均余命は六四年であるから、本件事故がなければ一八歳から六七歳に達するまでの四九年間は稼働可能であって、右期間を通じ少くとも昭和四八年全産業全男子労働者平均年間給与額である平均賃金一二八万六四〇〇円および賞与その他の特別給与額三三万七八〇〇円の合計一六二万四二〇〇円(昭和四八年賃金センサスによる)に相当する収入を得ることができたものというべきであり、右のうち生活費として四〇パーセントを控除すると年間純収入は九七万四五二〇円となり、中間利息の控除につきライプニッツ式により計算すると、その現価は一〇八六万九七九六円となる。

(2) 原告らは嘉一の死亡によりその父母として、右損害賠償債権を二分の一ずつ相続した。

(3) 原告らは嘉一が一八歳に達するまでの一〇年間同人を養育すべきところ、同人の死亡により右養育費の支出を免れた。右養育費は年一二万円が相当であり、同人の死亡時における現価はライプニッツ式により計算すると九二万六六〇四円である。

(4) したがって、嘉一の逸失利益につき原告らのそれぞれの請求額は、右(1)の半額から右(3)の半額を控除した各金四九七万一五九六円である。

(二) 慰謝料

原告らは嘉一の死亡により父母として甚だしい精神的な苦痛を受けたが、これを金銭に見積るとそれぞれ三五〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告藤四郎は嘉一の葬儀費として少くとも金二〇万円を支出した。

(四) 弁護士費用

原告らは、被告らが本件事故について任意に弁済に応じないので弁護士たる本件訴訟代理人らにその取立を委任し、昭和四八年一一月三〇日原告藤四郎は着手金として右弁護士らに五万円を支払った。また原告らは日弁連報酬規程の範囲内で報酬を支払う旨約したが、本件における報酬金は原告らそれぞれにつき金四〇万円が相当である。

よって、原告らは被告ら各自に対し、被告フジタ工業については民法七一七条一項、被告都については同条同項もしくは国家賠償法二条一項に基づき、それぞれ請求の趣旨記載の各金員およびこれらに対する本件不法行為の日である昭和四八年一一月一八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

1  請求原因第1項は認める。

2  同第2項(一)(1)のうち、鉄パイプの柵の高さおよび間隔は否認し、その余の事実は認める。右鉄パイプの柵は高さ約一メートルで、地上より八〇ないし九〇センチメートルの辺と四〇センチメートルの辺に各横棒があり、また一・五メートル間隔で設置されていた。

同(2)のうち、コンクリート塀が各所で破損し、人の出入り可能な間隔ができていた点は否認し、その余の事実は認める。破損個所についてはその都度、完全に補修していた。

同(3)のうち、本件工事現場の北西側に都営住宅があったことについて被告都は認め、同フジタ工業は不知。その余の事実は被告両名とも否認する。

同(4)の事実は否認する。被告らは「立入禁止」と表示した看板等を周囲のコンクリート塀に約三〇メートル毎に掲示したり、団地自治会、小学校などに本件工事現場に立入らないよう注意を与えていた。

同(二)のうち、被告フジタ工業は本件工事現場に仮設事務所を設けるなどして工事現場全体を管理し、コンクリート塀および水槽を直接占有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(三)(1)のうち、被告都が本件工事現場用地、コンクリート塀および水槽を所有していたこと、同被告が本件工事を発注したことは認め、その余は否認する。

同(2)および(3)は争う。

3  同第3項は、原告らと嘉一との身分関係および嘉一の年令の点をのぞき、不知。

三  被告らの抗弁

1  占有者としての注意義務の遵守

(一) 被告フジタ工業は本件工事着工と同時に仮設班にコンクリート塀の破損部分を修理させ、外部から人が侵入できないような措置を講じた。また工事中止期間中は昼間は二名、夜間は一名の管理人をおいて工事現場の安全管理に努め、工事現場に侵入する者に対してはその都度退去せしめ、一週間に一度は工事現場の周囲を見回り、コンクリート塀の破損個所があれば直ちに修理していた。

(二) 右コンクリート塀は厚さ二・五センチメートル、縦三〇センチメートル、横一八〇センチメートル、鉄線入りのものを縦に六枚積み重ね、侵入口とみられる当該破損個所はかなり堅固であるから相当強い打撃を加えないと容易に壊れないものであった。

(三) 被告らは、工事現場の周囲のコンクリート塀に約三〇メートル間隔で立入禁止の彩色看板および「お願い」と題する仮名まじり文の立入禁止看板をとりつけ、右現場へ立入らないよう注意を喚起した。

(四) 被告らは昭和四八年七月中旬ころ、付近住民、文花第一団地自治会、文花宮元町町会、西吾嬬小学校などに対し、あいさつ回りの際または電話連絡で工事現場立入防止の協力を求めた。

よって、被告らの本件コンクリート塀、水槽などに対する安全管理義務は十分尽されていたものである。

2  過失相殺

かりに右主張が認められないとしても、本件事故については被害者側にも過失があったことは明らかであるから損害賠償額の算定について当然斟酌されるべきである。

すなわち、被害者嘉一は本件事故当時、小学校二年生であって西吾嬬小学校において本件工事現場へ立入らないよう注意を受け、その危険性についての弁識が十分あったにもかかわらず、あえて右工事現場に侵入し、自らの不注意により水槽内に転落死亡したものである。また被告らは前記のように、原告らの居住する団地自治会などに対して本件工事現場への立入禁止の協力を求め、かつ工事現場周囲の塀には約三〇メートル毎に「立入禁止」などの看板をとりつけていたのであるから、原告らは嘉一の親権者として、同人が本件工事現場へ立入らないよう注意を与えて保護監督すべき義務があったにもかかわらず、この義務を懈怠した過失がある。

四  抗弁に対する原告らの答弁

1  抗弁第1項について

抗弁第1項の(一)のうち、被告フジタ工業が本件工事着工と同時にコンクリート塀の破損部分を修理したことは認めるが、それが完全な補修であって外部から侵入できないようなものであったことは否認する。工事期間中、管理人をおいていたことは知らない。コンクリート塀の破損個所を発見次第直ちに修理していたことは否認する。

同(二)のコンクリート塀の形状は認める。

同(三)の事実は認める。

同(四)の事実は知らない。

2  抗弁第2項について

抗弁第2項は争う。嘉一は学校からも両親からも工事現場立入りについて注意を受けておらず、また本件工事現場内に嘉一が転落死亡したような危険な水槽があることを知らされていなかった。原告らは工事中止前には嘉一に対し一般的な注意を与えていたが、工事中止以後は現場内に危険と思われる設備等もないうえ被告らから立入禁止の要請もなく、多数の子供や大人達が本件工事現場内で遊んでいる状況からみて特に危険性はないものと考えて注意を与えなかったものであり、本件水槽については何ら通知もなく、本件事故が発生するまでその存在を知らなかった。よって本件事故について嘉一に過失はなく、また原告らに監督責任の懈怠もない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第1項は当事者間に争いがない。

二  そこで本件水槽の設置保存に瑕疵があったか否かについて検討する。

1  本件工事は、被告都が本件工事現場に鉄骨鉄筋コンクリート造一二階建の都営住宅を建設する目的で設計発注し、被告フジタ工業がこれを請負い、昭和四八年四月ころ着工したこと、着工後まもなく工事は中止されたこと、被告フジタ工業は同年九月ころ、本件工事現場のほぼ中央に鉄パイプの柵に囲まれた深さ三メートルの基礎工事用水槽三か所を設けていたこと、本件事故当時、右水槽に貯えられた水の深さは約二・一メートルであったこと、本件工事現場は三方を高さ約二メートルのコンクリート塀に、他の一方を民家に囲まれていたことは当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によれば、本件工事は昭和四八年四月末ころから再三中断され、事故当時も工事が中止されていたものであるが、工事中止期間中、本件工事現場の三方を囲んでいるコンクリート塀には数か所破損個所が存し、人の出入りが可能であったこと、本件工事現場の北西側には幅員約六メートルの道路を隔てて都営住宅があり、多数の世帯が入居していた(このことは原告ら、被告都間では争いがない)が、右都営住宅および近所の子供らがしばしば右破損個所から侵入して本件工事現場を遊び場として使用していたこと、本件水槽の周囲には高さ約八〇センチメートルと約四〇センチメートルのところを約一・五メートル間隔で支えた二段の鉄パイプの柵が設置されていたこと、右鉄パイプの柵は現場で働く作業員の危険防止のためのもので現場に入りこんだ子供らの危険防止を目的としたものではなく、子供らが柵をくぐりぬけてその内側に立入ることは十分可能であったこと、本件事故当日も右コンクリート塀の破損個所が補修されることなく放置されており、嘉一ら数人の子供らは右破損個所から本件工事現場に入りこみ、同所で遊んでいたが、嘉一は水槽内に落ちていたボールを拾うため右鉄パイプの柵をくぐって柵の内側に入りこんだところ、あやまって水槽内に転落したことなどの各事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

3  以上1、2の各事実を総合すれば、本件工事現場内には深さ約三メートル、水深約二・一メートルの本件水槽が掘削され、子供らがそこへ転落した場合重大な結果を招来する危険性は極めて高いものと認められるところ、右工事現場を囲むコンクリート塀の数か所に破損部分があって人の出入りが可能であったうえ、右水槽の周囲にも前記のような簡単な鉄パイプの柵が設置されていただけで子供らがそれをくぐりぬけ柵の内側に立入ることは容易であって、右鉄パイプの存在も右危険性を除去するに足るものではなかったから、本件水槽の設置保存に瑕疵があったといわなければならず、また嘉一の死亡と右瑕疵の間に相当因果関係を認めることができる。

三1  被告フジタ工業が本件工事現場を管理し、本件水槽を直接占有していたことは当事者間に争いがなく、本件水槽は民法七一七条一項の「土地の工作物」に該当するものというべきであるから、被告フジタ工業は、原告らに対し、前記二で判示した本件水槽の設置保存の瑕疵によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  被告都が本件工事現場用地、コンクリート塀および水槽について所有権を有していたこと、工事全体について発注者として相被告フジタ工業に対する指揮監督権を有していたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、工事の中止、再開は被告都の指示によるものであったこと、本件水槽の掘削について被告都は許可を与えたこと、前記二段の鉄パイプのうち下段は被告都の指示で(なお上段は被告フジタ工業により自発的に)作られたこと、被告都の係員が工事期間中はもちろと、工事中止期間中も二、三日に一度は工事監督者として工事の進行状況または事務連絡などのため本件工事現場に赴いていること、工事続行のための付近住民との話合いなどにも被告都の係員が相被告の従業員と一しょに立会っていることなどの各事実が認められ、以上の各事実によれば、被告フジタ工業の占有は請負人としてあくまでも請負工事を遂行するために必要な限度に限られたものであって、被告フジタ工業が右工事の必要上本件工事現場を一時的に管理していることによって被告都の占有が完全に排除されているとはいえず、本件請負工事の性格、進行状況、被告都の指揮監督の状況、ことに事故当時は工事が全面的に中止されていたことなどに照らすと、被告都は、本来は本件水槽の所有者ないし間接占有者として第二次的な責任を負うものではあるが、右判示の諸事情に照らすと、少くとも本件事故当時においては、被告都も本件水槽を共同で直接占有する者として、その設置保存の瑕疵に基づく損害賠償の責に任ずるものと解するのが相当である。

四  抗弁第1項(免責の主張)について

被告フジタ工業が本件工事着工と同時にその仮設班にコンクリート塀の破損個所の修理をさせたこと、右コンクリート塀は厚さ二・五センチメートル、縦三〇センチメートル、横一八〇センチメートル、鉄線入りのものを縦に六枚積み重ねたものであったこと、被告らにおいて右コンクリート塀の道路側に約三〇メートル毎に立入禁止の彩色看板および「お願い」と題する仮名まじり文の立入禁止看板をとりつけて右現場へ立入らないよう注意を喚起していたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被告フジタ工業は工事期間中および工事中断中も工事現場に建設した仮設事務所に昼間は二名、夜間は一名の管理人をおいて本件工事現場を管理し、無断で立入った者に対し注意を与えていたが、おおむね工事が中断されていたため広大な敷地に侵入しそこを遊び場とする者が跡をたたなかったこと、右管理人はコンクリート塀の破損個所を発見次第補修するようにはしていたが、完全な修理ではなかったため、しばしば破壊されたままであったこと、被告らの係員が昭和四八年七月中旬ころ、団地自治会、西吾嬬小学校などに対し工事現場立入防止の協力を求めたこと、しかるに被告らは同年九月に本件水槽を掘削した後に、その存在、危険性等について何ら右小学校などに連絡せず、近隣住民も水槽の存在すら知らない者が多かったこと、本件事故当日は日曜のため被告フジタ工業の管理人は休暇で本件工事現場に現在していなかったことなどが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の各事実および既に認定した本件事実関係によれば、被告らは本件工事現場に管理人を常駐させるかコンクリート塀の破損部分を常に完全に補修するなどして本件工事現場への侵入者を防止したうえ、右水槽の存在および危険性を付近住民に周知徹底させ、その周囲に堅固な柵を設け子供らが水槽に接近することができないようにするなどの措置を講ずべきであったにもかかわらず、被告らのとった措置は甚だ不十分であって、被告らは本件水槽に関し事故の発生を未然に防止すべき安全管理義務を尽していたものと認めることはできない。

五  そこで原告らの損害について判断する。

1  逸失利益

(一)  ≪証拠省略≫によれば、嘉一は本件事故当時、満八歳の健康な男子であったことが認められ、厚生省昭和四八年簡易生命表によれば、満八歳の男子の平均余命は六四年であることが認められるから、本件事故がなければ同人は右の期間生存し、この間満一八歳から六七歳に達するまで四九年間稼働しうるものと推認することができる。そして嘉一は右期間を通じ、昭和四八年賃金センサスに基づく全産業男子労働者平均年間給与額(賃金および賞与等)一六二万四二〇〇円を毎年得るものと考えられ、嘉一の逸失利益算定について控除すべき生活費は収入の五〇パーセントとするのが相当であるから、逸失利益の死亡時の現価を年別のライプニッツ式により年五分の中間利息を控除して算定(係数一一・一五四)すると、九〇五万八一六三円(円未満切捨)となる。

(二)  しかして原告らが嘉一の父母であることは当事者間に争がないから、原告らは右嘉一の逸失利益分を各二分の一の割合で相続したものであるところ、原告らは、右相続した逸失利益額から、嘉一の養育費として、一八才までの一〇年間、年一二万円を要するとみてこれをライップニッツ式により現価に引き直した計金九二万六六〇四円を控除しているので、原告らの前記各相続額から、それぞれ右の各半額を差し引くと、結局、嘉一の逸失利益分として原告らの蒙った損害は各四〇六万五七七九円(円未満切捨)となる。

2  慰謝料

≪証拠省略≫によると、原告らは、長男として将来を嘱望していた嘉一が不慮の事故死を遂げたことにより著しい精神的苦痛を受けたことが認められ、その他本件諸般の事情を考慮すると、原告らの精神的損害に対する慰謝料額は各自につき三五〇万円とするのが相当である。

3  葬儀費

原告横山藤四郎本人尋問の結果によれば、同人は嘉一の葬儀費として二〇万円以上を支出したことが認められる。

4  過失相殺

前掲各証拠によれば、嘉一は事故当時小学校二年生であり、夏休み前には学校で本件工事現場には立入らないよう注意を受けていたこと、現場の周囲には前判示のとおり立入禁止の看板がとりつけられていたことが認められ、嘉一は右注意についてこれを弁識する能力を備えていたものと認められるから、同人としてもみだりに本件工事現場に立ち入るべきではなかったのにあえて右工事現場に立ち入ったうえ、鉄柵をくぐって危険な水槽に近づいたため本件事故に至ったもので、本件事故発生については同人にも過失があったものといわざるを得ないが、前記二の本件水槽の設置保存の瑕疵の程度や前記四の被告らが事故防止ためにとった措置等をも考慮すれば、損害額算定について斟酌すべき同人の過失割合は二割とするのが相当である。

5  以上認定したところによれば、前記1ないし3による原告藤四郎の損害は計七七六万五七七九円、また前記1および2による同弘恵の損害は計七五六万五七七九円となるところ、これに前記二割の過失相殺をすると、被告らに請求しうべき分は、原告藤四郎につき六二一万二六二三円(円未満切捨)、同弘恵につき六〇五万二六二三円(右同)となる。

6  弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、原告らは弁護士に本件訴訟を委任し、昭和四八年一一月三〇日、原告藤四郎は着手金として五万円を支払い、かつ原告らは弁護士報酬規程の範囲内で報酬を支払う旨約したことが認められるが、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等諸般の事情に鑑み、本件において被告らに対し請求しうべき報酬の額は原告ら各自につきそれぞれ金四〇万円を下らないものと認められるから、原告藤四郎につき計金四五万円、同弘恵につき金四〇万円の弁護士費用を要するとする原告らの主張は理由がある。

六  よって、原告らの本訴請求は、原告藤四郎につき六六一万二六二三円、同弘恵につき六四五万二六二三円、およびこれらに対する本件不法行為の日である昭和四八年一一月一八日からいずれも支払ずみまで各民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 山本矩夫 吉野孝義)

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